マンスリー・レポート No.100 (2009年4月)
活動会員のレポート
  一期一会のボランティア
      鍬形 くわがた いさお (元 伊藤忠商事)

「日本語広場」初級クラス

 永年の商社勤務を通じて数多くの人との出会いがありました。取り分け強く印象に残っているのは、海外で出会い、交流をした人達のことです。初めての駐在生活を始めた時は独身で、その国の言葉も余り解らず、手探りの状態での外国生活でした。現在の様に携帯電話やインターネット、電子辞書もありません。
 ブラジルの駐在で私にポルトガル語を教えてくれたのは、事務所のブラジル人スタッフ、週末には大家さんの家族や行きつけの食堂、洗濯屋、床屋等の店の人達です。どの店の人も面倒臭がらずに、こちらの拙いポルトガル語を聞いてくれ、間違った表現は訂正してくれるのです。これはブラジル人の人柄の良さや親切心、外国人に対する開放的な性格によるものだと思っています。
 月に数回大家さんが家に招待してくれ、そのつど大家さんの家族や知り合いが集まりパーティーとなります。唯一の外国人である私には、皆からの質問が殺到します。「東郷元帥があのように完璧な海戦が出来た背景は何か?」「仏教と神道の違いは何か?」等など、日本語でも説明が難しい質問が次々と出てきます。今更ながら日本文化や歴史を知らなかったことを痛感させられ、暫くはこのパーティーに呼ばれるのが苦痛でした。「言葉の壁」と「自国の歴史の壁」を少しずつよじ登るため、次回の「傾向と対策」を考え「想定質問集」を作り、予め回答を作っておいたのです。
 今振り返って見ると、私には沢山のポルトガル語の先生がいて応援してくれました。この人達は私のブラジル生活の水先案内人となってくれ、また精一杯外国人との出会いの偶然を喜びその時間を楽しんでいる人生の達人でした。

 星めぐり幾星霜、出勤という日程から解放された時、今度は自分が日本語を教える立場になろうと決意したのはごく自然のことでした。ABIC会員の多くの方がそうであるように、永年の会社勤務のお陰で経済的不安はなく、これからは「お金を稼ぐ楽しさ」とは違った「教える楽しさ」「忘れ得ぬ出会いを作る楽しさ」を追求したいと考えています。
 現在、私は東京国際交流館にてABICが実施している「日本語広場」の初級クラスで教えています。先日も私のクラスで勉強した7歳の韓国人の男の子が手を振って走ってきて「先生こんにちは、お元気ですか?」と美しい日本語で話しかけてきたことがあります。日本の小学校に入り友達も出来楽しく通学しているのを聞くと、嬉しくなりますね。彼は良い思い出として日本人の学校友達を、大人になっても覚えていてくれることでしょう。
 日本語広場は情報交換の場所でもあります。定期券の買い方、有名観光地への行き方等から始まり最近では外国人同士の交流も盛んになっています。入館者が多い国の人達には国ごとのグループがありますが、少人数の国の人達は他国の人達との交流が持ちにくいようです。そこで日本語広場がその人達の交流の場となっています。先日もインドネシアの人が得た生活情報が、インド、イラン、カザフスタンの人達に伝わり、発信元のインドネシアの人に伝わったと皆で大笑いしたことがあります。この人達は皆一様に日本の生活に馴染み、滞在を有意義なものにしているようです。

 日本語は語彙豊かでしなやかな言葉です。それを基盤とした日本の文化は独創性と感受性に富み、世界に誇れる文化だと思っています。日本文化という深く広い文化の森を外国の人が理解するには、矢張り海外生活を経験した私たちが道先案内人となってあげるのが良いようです。
 ボランティアとは一隅を照らす一灯であると私は考えています。しかし、この灯は数が増えると周りが明るく温かくなると、思っています。

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