毎年6月下旬から7月初旬にかけて実施される
産業見本市の産業貿易省パビリオンで若手官僚たちと(右端が筆者)
ダルエスサラーム中心街の高層ビル群
私は、現在タンザニア産業貿易省にJICA派遣の産業開発アドバイザーとして勤務している。2015年3月まで住友商事で主に中南米向け電力等インフラ系ビジネスに携わっていたが、アフリカの地を踏んだのは今回が初めてである。2015年4月から東京外国語大学大学院修士課程で「南米の教育問題」に取り組んだ後、発展途上国向け支援に関わりたいと考えていた。そんなときABICから本業務の案内が届いた。面接で思いを伝えたところ無事合格通知を受け取り、2018年5月より2年間の予定で着任した。
タンザニアは、1961年に英国から独立したタンガニーカと、スルタンの時代からの自治国家ザンジバルが1964年に合邦して誕生した。国土面積は、日本の2.5倍、人口は、約5千万人。民族(言語)が120以上あるが、歴史的な共通語であるザンジバルのスワヒリ語方言が、初代大統領ニエレレの民族融和策により公用語とされている。1973年までの首都であった人口5百万人のダルエスサラームは最大の都市であるが、現在の法律上の首都は、内陸部の人口40万人のドドマである。着任直後の6月に全公務員の即時ドドマ異動が決まった。急な話だったが、産業貿易省は、国立ドドマ大学学生寮の一部を借りることとなり、私も事務スペースを頂いた。当国は、国家開発計画「タンザニア開発ビジョン」において、2025年までに「中所得国への成長」と「農業から製造業中心経済への転換」を目標としている。
私の任務は、これまでの発展途上国ビジネスと、大学院での研究で得た知見を動員してこの目標実現のお手伝いをすることだ。着任直後に政府関係者から「日本の自動車メーカーを招聘して新車の組み立て生産をしたい」という相談を受けた。しかし左側通行のタンザニアは、日本の中古車に何も手を入れず販売できる絶好の市場であり、市中を走る推定60万台以上の車の9割が、車齢8年から26年程の日本製中古車である。新車の需要は、まだ少ない。さらに、自動車組み立て工場で働ける水準の人材が育っていないという東アフリカ諸国共通の課題が存在する。特にタンザニアは、隣国ケニアやウガンダに比べても初等・中等教育で苦戦しており、その影響か、これまで訪れた国内の工場では工具、冶具類の整理整頓ができておらず、建設工事現場でも残材が放置されたままだ。それ故か、日本・欧州の自動車メーカーは、過去自動車組み立て工場をケニアやナイジェリアに立地してきた。学校教育だけでなく家庭教育も含めて、近隣諸国と伍していかないとこの夢は実現しない。幸いJICAがエチオピア、ザンビア等で展開している製造業の生産性向上のための「カイゼン」がタンザニアでも産業貿易省やJICA関係者の努力で徐々に浸透しつつあり、品質管理の芽は育ちつつあるようだ。私は、車検や定期点検等の導入によりこれら中古車の保守点検水準を強化して、作業に関わる人材のスキルアップを図り、将来自動車組み立て工場で活躍できるような方向性の政策を立案できないか模索している。現在、省内では「新産業開発政策」の立案に取り組んでいる。このスキルアッププランが、私の帰国後も仲間たちの頑張りで新政策の一部として実現してほしい。これが私の最大の願いである。