活動会員のレポート

新しい時代に向き合う中京大学「社会人基礎力講座」について

  遠藤 えんどう 恭一 きょういち (元 三井物産)


あいさつをする筆者

講義資料より

 ABICの大学での授業支援に関わってもう8年になる。最初は青山学院大学、次は名古屋の中京大学で講義をさせていただいている。特に中京大学ではほぼ毎年「社会人基礎力講座」の講義を実施している。この講座はABIC会員でもある同大学宮川正裕教授の紹介で実現したものである。
 われわれ世代はわが国の健全な成長を目標に、日常生活を安全、清潔、快適に過ごせる環境づくりに懸命に取り組んできたと考えている。しかし、そうした環境になじんだ現代の若者はかえって融通無碍むげあるいは臨機応変に対応し得る人材に育っていないのではないかと思われる場面が散見される。この環境下、学生時代にどう社会性を身に付けたら良いのかが「社会人基礎力」(前に踏み出す力・考え抜く力・チームで働く)講座の背景にある。
 振り返ってみれば、われわれの子供の時はお遣いに行けば、必ず他人との会話を通じて買い物をした。しかし、今はスーパーマーケットやコンビニで店員と会話するようなことはない。他人と話をすることで身に付く社会性を育む機会すら少ない。また、学校と社会が充分連携していないように思える。一般社会適応への充分な訓練機会が高校までの学校生活にはないといえる。大学生になればアルバイト等で社会の実態に触れて一般社会の矛盾や理不尽さが理解できる。また、今の教育では知識の習得状況を把握するために「正解」を求められる。その習い性が世の中には必ずどこかに「正解」が存在すると考え、早くその答えにたどり着くことだけを考えている。世の中に「正解」はないといった考え方そのものを教えることがない点も気になるところである。激しく変化する社会の中で明確に「未来は予想できない」と教え、単に知識を授けることではなく、自らのやりたいことを実現するには何が必要かを一緒に考える講義が求められるのではないだろうか。
 ではそのためにはどのように教育を変革すれば良いのであろうか? 数年前まで私は授業を通じて、自らが経験してきたことを伝える点に重点を置いてきた。しかし、世の中の変化の激しさを鑑み、経験を伝えることから、その経験をした結果として「特に失敗した経験から何を学んだか、あるいは何を感じたか、今後どのような点に注意すべきかの気付き」を語る方式に変えている。いわば、ピンチをいかにチャンスに変えるかを話すことにしている。
 学生には日常的な限られた生活範囲から飛び出ること。まだ見ぬ、経験したことのない一人旅等の経験を通じて、他人との積極的な交流をすること。現代社会の構造を理解するための広い視野を持つこと。そこから自らが何を基準にして判断するか、あるいは「自分にとって重要な価値基準は何か」といった問いに答えられると考えている。実際の授業で自ら情報を収集して評価し判断できる「生きるすべ」の確立。自分の立ち位置が分かるための近現代史への深い理解。価値観の違う人々とのコミュニケーション能力も磨かなければならない。何にもまして安全で、清潔で快適な世界から抜け出し自分の頬に「生の風」を受けることが重要ではないだろうか。必要なことは、新たなものごとに挑戦することであり、成功の反対は挑戦しないことだと教えることではなかろうか。「リスクを取らないことに対するリスクを知ることおよびピンチをチャンスに変えること」を学生に伝える講義を心掛けている。