活性化委員会最終答申を大久保市長に提出
左が大久保市長、右側が委員会メンバー、
その中央が筆者
大久保市長(左)と筆者
ABICの紹介で滋賀県彦根市顧問職に応募し、同市の大久保市長と面談したのは2013年11月のことである。私は三菱商事に37年間勤務、発電プラントを中心に業務を担当したが、主戦場は海外で駐在は通算21年に及び、機械のみならず全営業・非営業部門、事業投資運営含め、何でもこなしてきた。特に最後の駐在地トルコは相性も良かったせいか駐在期間は10年超にも及び、既存の商圏拡大に加え新たな取引先・商材開発も実現でき、かつ旧ソ連崩壊後突如出現した中央アジア市場開拓というテーマにもチャレンジできたことは商社マンとして痛快の極みであった。それまで国内市場との関わりは薄かったが、商社退職後は、子供の職場体験・介護関連のVenture Businessを立ち上げ、複数の中小企業の市場開拓支援等を手掛け、国内を東奔西走する毎日であったが、それぞれ一定の目標を達成したところで上述の面談となった。もちろん、候補者はそれなりにあったようだが、最終的に私に白羽の矢が立った。
市長からは、2014年4月より市の特別顧問として、ビジネス経験を生かし彦根市活性化のために存分に力を発揮してほしい、毎週2-3日程度彦根にて勤務してほしい、とのことで、当初は1-2年のことと考え引き受けた。ABICとしても地方自治体の中に入っての長期勤務というのはレアケースだったのではなかろうか? 幸い家内の理解、さらに親から授かった体力、持ち前の行動力・好奇心もあって、地方自治体勤務・地方創生・グローバル化といったテーマにどっぷり漬かり、「民間出身・よそ者目線・海外経験」を生かし、飛び込んでみようと、東京での仕事を整理し毎週東京から新幹線通勤することとなり、既に4年目になった。
さて、市長から特別顧問として委嘱された任務は二つ、「地場産業の活性化」と「彦根市の観光振興策」だ。このため経済活性化委員会条例を公布、委員会を設置、メンバーは経済関係団体・各産業界の代表、商工会議所、学識経験者より成り、私が委員長を務めた。いずれのテーマも市にとり重要であるが、課題・問題点が山積しており、その解決の糸口を模索している状況であった。委員会に先立ち、市役所スタッフのサポートを得て過去の経緯・現状の徹底的分析を行い、頻繁に現場に足を運び経営者たちとも何度も話し合った。その上で委員会にて審議を繰り返し、基本方針を定め、実施主体・スケジュールを含む具体的行動計画を策定し、市長に対し最終答申を提出した。
詳細は省くが「地場産業の活性化」に関しては、人材の確保・育成、営業戦略テコ入れ・販路拡大策、ブランド力強化、海外展開、の4項目に関し行政として補助金交付だけでなく、打てる手を全て網羅した。あとは実行あるのみで現在はこの行動計画のフォローを行っている。ところで「ドイツ3B」といえば、バッハ・ベートーベン・ブラームスだが、地元の人が言う地場産業「彦根3B」というのがある。仏壇・バルブ・ブラジャー(補正下着)の頭文字を取った呼称だが、いささか強引でバルブのイニシャルはもちろんV。
一方「彦根市の観光振興策」に関しては、彦根ならではの風格と魅力ある観光都市を目指すことになっているが、シニア・女性を中心とした全国的観光ブーム、急増するインバウンド客の取り込みに追い付いておらず、観光人材含む受け入れ態勢の充実、観光メニュー&インフラ整備、情報発信力の強化等やるべきことは山ほどある。同様に市長宛に観光振興策を提出したが、その中で今すぐやるべきこと、中長期的にやるべきことを推進体制・スケジュールと共に示した。いまだ道半ばであるが、一つでも多く成果を出すべく鋭意ワーク中である。なお、地方自治体の活性化に関して考えるところ多々あるが、本任務終了後に改めて書きたいと思う。