2016年日本のDMMが開催したABIC
(African Business Idea Cup)
タンザニア最終選考会で審査員を務める
(着席中央が筆者)
湾口フェリーから見た
高層化が進むダルエスサラーム市内
2016年10月に開業し
交通渋滞解消に貢献し始めたBRT
(Bus Rapid Transit)
2015年5月より東アフリカのタンザニア産業貿易投資省に産業開発アドバイザーとしてJICAから派遣されている。
JICAとの縁は、弁理士資格取得後の2009年6月から2年間シニア・ボランティアとしてウズベキスタン国タシケント国立経済大学で教授をしたのが初めである。2012年8月からはベトナムで裾野産業支援に2年間携わり帰国、翌年早々JICAがタンザニアの産業貿易省に派遣する産業開発アドバイザー募集中とのABICの案内を受け応募、数回の面接を経て合格し、2015年5月末に着任した。
もともと私は1976年にトーメンに入社、鉄鋼輸出本部に配属され、まだソ連であったモスクワ駐在を振り出しに米国のヒューストン、ニューヨークと計13年ほどの駐在経験がある。取扱製品のほとんどが先進国で使用または加工されることから、中国を含む発展途上国との関わりは世紀が変わる前後からである。特にJICA関連では常に新環境下の業務なので、予断を排し現地の方の自主性を生かすよう粘り強く働き掛けることを心掛けている。
タンザニアは1961年英国より独立以来、継続して革命党が政権を握り、2015年10月の大統領選挙でも同党のマグフリ現大統領が選出されている。しかし大都市などでは反対党が躍進し、そのためか、腐敗の追及、現在の実際上の首都ダルエスサラームから法律上の首都ドドマへの2020年までの政府機能移転と並び、産業化(工業化)の推進と中進国への向上が提唱されている。
私が配属されている産業貿易投資省の産業開発局は、その名の通り産業化の参謀本部として政策、制度を提言する役割を担っている。タンザニアは2000年以降GDP7%以上の高成長を遂げているが、商品価格高騰などの背景があったのは間違いなく、内実を伴う成長には一層の外資導入および国内人材育成が不可欠である。
そこで現在私が主に助言・協力しているのは、東南アジアでの経験に基づき、産業化の推進力である内外民間企業が事業を行いやすい環境(法制度やインフラなど)整備とそれを実現するための行動計画の分野である。また、当国にJETRO事務所がないので、日系企業からの照会や訪問への対応も積極的にしており、連絡いただければ幸いである。
決定までの過程の分かりにくさ、計画を支える予算の慢性的不足など課題は多いが、治安の良さ、素直な人間性、共通言語スワヒリ語による部族を超えた国民意識など、初代ニエレレ大統領の遺産は健在で、今後の成長、日本企業の進出につながることを期待している。同大統領は、私が大学時代に知ったUjamaa(家族の絆、共同体、社会主義等と訳せる)で著名な第3世界の旗手の一人であり、何か縁を感じている。
生活面では、インド洋に面しており海洋魚類があるのが日本人には助かると思う。気候は海岸部では一年中暑く、内陸部は高原なので日較差が大きいが、少し過ごしやすい。赤道に近いので日焼け対策が必要である。